蛇使いの女

 

  彼女とて最初から悪い女であったわけではない。初めにまず苦労があった。生きることは数え切れない数の労働で成り立っていた。

女の問いはいつも一つだ。なぜ、働かなければならないのか?突き詰めていうなら、なぜ、私が働かなければならないのか?

女にとってそれは苦痛でしかなかった。働くよろこび、自分の知恵と神の力を借りて新しいものをつくるよろこび、集落の子供の生活のために無私の気持ちで働くこと、自分の生命が他

の人のために正しく使われているという充実感、女には縁のないものであった。

  蛇と出会ったのはそんな風にして働きつづけなければならない己の生活を呪っていた晩であった。

「やれやれくたびれた。こんな暮らしにはうんざりだよ。かといって、別の場所に行ってどうするという当てもない…。」

風が激しく木立を揺らしている。何という理由もなく、女は家の外に出る。月が明るく、充分足元が見える。

女は森の中へ入る。木が月を遮ったので、真っ暗闇になる。勘を頼りに歩く。しばらくすると開けた広場に出る。女は月に向かって叫んだ。

「ああ、くたびれた!聞こえたかい?毎日毎日同じことの繰り返し、こんなのにはうんざりだよ!私は豊かになりたい。あくせく働かないでも、生きていける人間!二度と木の実なんか

拾いやしない、上等の動物の皮の上に寝そべって、私のために50人でも100人でも奴隷を持ちたい。他の人間がかき集めた食料を恭しく私に納めに来る。翡翠や水晶や海の向こうの国の

飾り物をうんと身につけて、男たちに跪かれたい…。

これをしてる人間はわんさかいる。私がしちゃいけない法はあるまい。

そうだ、男だ。男に働かせよう。強い男の妻になろう。そして周りの人間を我々2人の召使にしよう。男が彼らを統率して、命令を出して、使えばいい。私の仕事は、夫の寝床で彼に寄り

添うことだ。夫は私のために働いて、食べ物と宝石を届ける。私は二度と毛皮の上を離れるまい。」

女が物音に振り返ると、1匹の蛇が草むらの中から這い出てきた。

「お前、私を助けてくれるかい?」

ぬるりぬるりと蛇が這い進む。女の言葉が聞こえていないようで、全てを了解しているようにも見える。

「お前、聞いただろう、私の声を。助けてくれるね?」

女はこれほど頭が冴えたことはなかった。女には全てが分かっていた。私は導かれている。この蛇はそのものの遣いである。

蛇の面影が、女の中に宿った。女は来た道を引き返す。何からはじめたらいいかはちゃんと分かっている。

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