フラジーラとジキート

 目を覚ますと青空が見えた。それは吸い込まれそうな青空だった。吸い込まれそうな感じがするから、青空は美しいのだ。何かが、それも自分の想像をはるかに超えた何かが青空には宿っている。

 青空に心が吸い込まれるままにすると、私はそこに冒険が始まるのを見る。それは私の好きな古いお話しに似ている。お話の中の冒険といえば、大体王子様とお姫様が出てくる。王子様がお姫様を救い出したり、

その逆でお姫様が冒険をして王子様に愛や真実を教えてあげるものもある。私は冒険ものというのは男も女も活躍するお話しでないと面白くないと考えている。男ばかりが活躍しては読者の女の子が退屈だろうし、

女の目線からばかりの冒険ものでは男の子は見向きもしないだろう。 そういうわけで、冒険ものは男と女がペアで悪を倒しにいくものに限る。 冒険の後のことは、描かないのがお約束だ。何故なら真の冒険とは一生

続くもので、良い書き手はそれを知っている。切りが無いから書かないのだ。 それで青空の冒険も、そういう私の好きな「感じ」で始まる。

ーーある遠い王国に2人の仲のいい男の子と女の子がいました。男の子の名前がジキートで、女の子がフラジーラです。2人はどこに行くのも一緒、まるで本当の兄妹のように育ちました。ジキートが15歳、フラジー

ラが14歳になった年の春、ジキートの家族は緑豊かな村を出て、王様のいる都に引っ越すことになりました。別れは2人にとって大変辛いものでしたが、フラジーラはジキートの新しい家へ遊びに行く約束をしました。

2人が子供の頃からしていた「冒険ごっこ」をして、都を色々と冒険しようという話になりましたーー

 2人がこの後どうなるかは私には全く想像が付かない。私の心が物語を描いているのか、もっと大きな存在が誰も聞いたことのない物語のページをめくってくれているのか、分からなくなる。

ーージキートと家族が都へ引っ越してから1年経って、フラジーラは約束通り都へ行ってジキートの家を訪ねましたが、ジキートの家があるはずの場所は空き家になっていました。

「その家族なら最近夜逃げしちまったよ。」と町の人がフラジーラに言いました。しかしフラジーラはジキートからつい最近、家に遊びに来るようにという手紙をもらったばかりなのです。フラジーラは近所の人に聞いて

回りましたが、誰も示し合わせたように「夜逃げしたんだ。それ以上は何も知らないよ。」と言います。何かがおかしいと感じたフラジーラは、ジキートの家だった空き家の前を見張ることにしました。

しばらく物陰から見張っていると、何やら怪しい男達の集団が、空き家に入っていきます。フラジーラは裏口に回ってこっそり中を覗きました。男達は5,6人の集団でしたが、何とその中にすっぽりとローブを被ったジキ

ートがいるではありませんか!ジキートは男の中の1人に胸ぐらを掴まれています。 「小僧、いい加減白状したらどうだ?」 「俺は何にも知らないって言っただろ!」 「あんまり手間かけさせると…」 「ごめんください!

奥さんはいらっしゃいますか?」 フラジーラは慌てて入り口に回って大きな声で叫びました。

「いらっしゃらないんですか?変ね、この間注文されたばかりの品を届けに来たのに!」 フラジーラは通りの人にも聞こえるように、なるべく大きな声で言いました。

「品物を注文したばかりなのに、夜逃げするなんて本当に変だわ!」 すると扉が空いて、中からジキートが出てきました。そこにいるのがフラジーラだったので、驚いて思わず声が出そうになりましたが、何とか堪えて

言いました。

「母さんは、その、今いません。」

「では、ちょっとあなた、そこの通りまで来てくださいますか?大きなお品物で、馬車に載せたままなんです。」 ジキートは部屋の中をちらっと振り返りましたが、そのまま外に出て来ました。

「フラジーラ、聞いてくれ…」 「それより走って!逃げるのよ!」 フラジーラがジキートの手を取って2人は遮二無二走り出しました。ーー

2人の冒険はここから始まる。2人は、実は攫われたジキートの家族を探し始めるが、だんだんとその裏には王国の陰謀が隠されていることを知るのだった。2人は森の魔法使いの所へ行き、彼らを助けてくれるよう

に頼む。その魔法使いの男というのが、実は王国の隠された真の王家の末裔なのだった。今度は魔法使いも一緒に、魔法が張り巡らされた魔物が住むお城へ忍び込む。魔物は王様のフリをしているのだ。

ーー「何だって、俺の家族が狙われたんだろう?」 「この国には、王家がすり替わったことについて、秘密を知っている人間がいるのさ。君のお父さんかお母さんが、そういう人だったんだろう。」

魔法使いが言いました。フラジーラとジキート、魔法使いの3人は城の地下通路を下へ下へと進んで行きます。そこに魔物が隠しているあるものが置かれている筈だからです。

 3人が地下通路の角を曲がると、3人を捕まえようとやってきた大勢の兵隊に出くわしました。ゆうに100人はいるかと思われるほどです。魔法使いが強力な魔法で兵士達をやつける間に、フラジーラとジキートは

「あるもの」を見つけに走りました。 2人はさらに地下へもぐる階段を駆け下り、ある広間のような部屋に行き当たりました。今は使われなくなった、古い祭壇のようなものが真ん中にあり、そこには女神の彫刻が一振

りの剣を持って佇んでいました。ーー

 ここで私は考える。私が見ている世界はもう一つある。それは真っ暗な空間で、私1人が連なる光の柱の上を1本毎に飛び移ったりしながら歩いている。光の柱はどれもとても高くて、下にはひたすら真っ暗闇が広がっている。

ーー「ジキート!私達が探していたのはあの剣だわ!」 「でも、これこの彫刻から取れないよ。どうやって取ったらいいんだろう?」

2人が話している内に、兵士達の声が 階段の上の方から聞こえてきました。 「ジキート、急いで!」

ーー 今度はまた光の柱の世界に私は「いる」。随分沢山の柱の上を歩いてきたけれど、この次の柱が見つからない。行き止まりだ。息が切れてしまって、そうすると現実の私まで苦しくなってくる。光の柱の世界の私

が助からないと、この先に進めなければ、成長は止まってしまう、ジキートとフラジーラの2人は兵士達に捕まってしまうだろう。そうするとこの2つの夢を見ている現実の私も、酷い目に合うのだ。ここで、私は何とな

く了解する。ジキートとフラジーラはどちらも私自身で、王国の冒険は私の内面の世界で起こっていることなのだ。私は住み慣れた自分の「故郷」を離れて、隠された世界の歴史を辿る冒険をしている。

そうなると気になってくるのが、一体魔法使いは誰のことだろう?

 光の柱の上で途方に暮れていた私は、突然目の前で強く輝く白い光を見る。よく見てみると、その中に人影が見える。顔はわからない。ただ黒い人影がいて…

「この手を掴め!」 黒い手が目の前ににゅっと伸びてくる。この手を無視したら、私はどこへも行けないことは分かっている。必死でその手を掴み、その「人」の存在を感じてみる。強い力に引き上げられて、私は高い

高い、新しい柱の上にいる。そして私を引き上げてくれた人の顔が見える。それは青く光る目をした男だった。

 周りにはさっき歩いてきた柱は一本も見えず、私達2人しかその世界にいない。さっきまでとはまるで次元の違うところにいる。私が柱を歩いたり飛んだりして、探していたのはこの人だったのだ。彼が私の答えだっ

た。そして彼にとっても私が答えだった。私は愛と幸福が世界を包むのを感じる。視界がクリアになって、力が体中に漲ってくる。そうして初めて、「生きている」ということが分かった。

ーー追い詰められたジキートは無我夢中でした。剣を無理矢理彫刻から取ろうとしてみましたが、ビクともしません。

「どうしよう、どうしよう?そうだ!呪文が必要なのかもしれない。」 兵士達がとうとう2人がいる広間のすぐ近くまでやってきました。ジキートは無意識に浮かんできた名前を呟きました。それは遠い昔、この国にいた伝

説上の人物の名前で、武勇を誇ったものの、その力を誤って使いたくさんの人を殺したとされる大悪人の名前でした。 するとどうでしょう!彫刻の女神が僅かに微笑んだかと思うと、剣は女神の手を離れ、くるくると回

ってジキートの手に飛び込んできました。それと同時に、兵士達が広間になだれ込んできました。ジキートは不思議と、怖さを全く感じません。ーー

 ジキートが剣を一振りすると、女神の力が宿る魔法の剣は吹雪を呼んだ。部屋中を氷が覆って、吹雪や氷柱が兵士達を襲った。兵士達は人間だったが、彼らの中身は魔物の操り人形だった。 現実の自分はどうし

ているかというと、ジキート達が闘っている間、現実の生活の中でも同じことが起きる。私は自分の人生で、操り人形のような人間と対決することになる。

ーージキートは今まで、勇気というものが何なのか分かっていませんでした。しかし魔物よりも恐ろしい、魔物になりかけた人間と闘う内に、自分の中にある怖いと思う気持ちと向き合うことが出来たのです。ジキート

は、相手が怖いのは、自分の可能性を見失うから怖いのだと分かりました。 兵士達に取り憑いていた魔物は次々に倒れ、消えていきました。

 すると奥から、ニコニコと優しそうな顔で笑っている中年の男性が出てきました。この人が、長年王様のフリをしている人物でした。

「偽物の悪党め!」 ジキートの後ろから、死闘をくぐり抜けてやってきた魔法使いが進み出て言いました。国中で、こんなことを王様に面と向かって言えるのは彼だけでした。王様に逆らえば、死罪になるのがこの国

の決まりです。 王様に化けているのは、人間を騙すことが大好きな魔物です。愛や美のフリをしたものや、快楽で人間を洗脳して闇の世界のために働かせるのでした。ーー

現実の私は新しいことがわかってくる。例えば、今までの人生の謎が解けてくる。意味がないと思っていた過去の経験、傷ついた思い出、小さい頃の夢、などがもう一度時空を超えて私の前に現れる。そうして今まで

自分がどれだけの愛に導かれてきたかに気付く。

ーー魔法使いは今まで体を隠すように着ていたマントを外しました。そうして王様のフリをした魔物の正体を見破りました。 「本当のお前は、「愛されない悲しみ」だ。」 魔物は叫び声をあげて、頭を抑えました。魔法使

いの真実の声が魔物の体を溶かしていきます。 「本当のお前は、「愛が分からない苦しみ」だ。」ーー

私は愛が何なのかが分からない。経験したことがあるような、ないような、よく知っているような気持ちであるような気もするし、今まで長い長い歴史の中で1度も経験したことのないもののような気もする。

ーー「本当のお前は、愛を願っている人間みんなの苦しみなのだ。」 魔法使いがそうはっきり大きな声で言うと、魔物は空から降ってきた巨大な光に押しつぶされ、体は粉々に砕けていきました。

魔物が消滅すると同時に、魔力で保っていた、見かけだけは大変立派な城は崩れ始めました。柱という柱にヒビが入り、ジキートとフラジーラ、魔法使いがいる地下はとても危険です。一刻も早く逃げようと3人は階段

を目指しますが、落ちてきた瓦礫が行く手を塞いでしまいます。

「何か、手はないかしら?…そうだ、龍神様を呼びましょう!」

こんな状況にも関わらずフラジーラは瞳を輝かせました。 ジキートとフラジーラは森で魔法使いに出会う前、一匹の龍に出会いました。森の大変美しい泉で水浴びをしているところを偶然見かけたのです。龍は森と海

を守る神様でした。龍神は2人に魔法使いの家を教え、困ったことがあったら助けてあげようと言いました。

「龍神様、お願いです。どうか私達をお導きください。どうか私達をお導きください。」 フラジーラは内心、とてもワクワクしていました。死ぬかもしれない状況ですが、神様に会うことは本当に美しく、目が覚めるような経

験なのです。もう一度龍神に会えることを考えると胸がときめくのでした。

「元気の良い娘だ。」

するとどこからともなく、体中に響くような声がしました。

「お前に伝えたいことがある。」

フラジーラの目の前に龍神があらわれました。白く、巨大で、美しく輝く鱗をきらめかせています。そして龍神は言いました。

「魂ののぞむままに書くように。」 「何ですって?」ーー

龍神はお話の中から抜け出て、現実の私の目の前にいた。私のいる空間、日常の空間は突然神の世界と繋がる。そうして私はお終いまで書かないといけないと思う。

 光の柱の上を、私はまた歩いて進んでいる。一つずつ、順調に飛び越えて進んでいく。龍神が助けてくれるから、前よりもずっと早く動ける。愛が分かった私は神と共にある幸せを感じている。目の前に、今度は今い

る柱よりもずっと背の高い柱が立っている。そして、その上にまた人影がいる。相変わらず顔は見えない。これは「彼」だろうか?そうに違いないことを私は知っている。彼が黒い影の手を伸ばし、そこで私はその柱が

高くて、更に遠くに立っていることに気付く。 「ここまで飛べ!君ならできる。」 私は思い切って飛ぶ。ところが、彼のいる柱まであと一歩のところで届かない。私は底知れない暗闇に真っ逆さまに落ちていく。

ーー龍神は3人を背に乗せて、崩れ行く城から飛び出しました。あまりに凄いスピードで龍神が駆け抜けたので、ジキートとフラジーラの2人は途中で気を失ってしまいました。

そして2人が目を覚ますと、龍神は星空をゆっくりと舞うように飛んでいました。冷たい夜風が2人の頬を撫で、髪を通り抜けます。眼下には都の灯りや都を取り囲む山々が広がっていました。2人は龍神の背に抱きつ

きました。

「どうもありがとう!」

龍神は答えるかわりに天まで轟くような咆哮をあげました。ーー

 次の柱まで届かなかった私は下へ下へと落下していく。しかし、しまったと感じたのは最初だけで、落ちて行くに従って周りの暗闇には光の花が咲いているのが見えるようになった。

赤やオレンジの光の花があり、私は信じ難いような美に出会う。いつの間にか私は空中に浮かぶようにふわふわと下に降りていく。そして自分の下に大きなものがあるのを感じる。そこにあるのは、無限の星と光の

渦巻く、黄色と緑の銀河だ。私は足下から銀河に飲み込まれていくのだった。

 そうして目を覚ますと、青空が見えた。白く細長い雲が、空を舞う龍神のように見える。魔法使いは誰か特定の人物を顕しているのではなかった。しかし彼の持つ意味の一つは私の可能性であったのだと最後の最

後に分かる。それで物語は幕をとじる。

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